冬の午後

  • 2018.01.29 Monday
  • 15:32

教銘舎の太田です。こんにちは。

 

 

 

自宅で掃除をしているとチャイムが鳴った。

 

 

 

玄関の扉を開けると、そこには空から舞い降りる雪の中に立つ僧侶。

 

 

 

どういった御用件ですか? と尋ねる前に

 

よく通る静かな声で『托鉢でございます。』と告げられた。

 

 

 

幼い頃祖父母と暮らしていた際、時々虚無僧が訪れていた。

 

 

そういった時祖母は決まってお米と和菓子、幾許かのお布施をした

 

 

使途のはっきりしないような募金は気嫌いしているが、祖父母との記憶があるからか、

 

托鉢の方に対しては膝を付きお布施をさせてもらったことを感謝して手を合わせた。

 

 

 

すると僧侶は施財の偈を唱えて静かに去っていった。

 

 

 

ただそれだけのことなのだが、修行する僧侶の姿があまりにも美しく印象的で、

 

また昔の記憶を揺り起こされたことが嬉しかった。

 

 

 

 

私の祖父母は学があった訳でもなく、ただただ善良な普通の人たちだった。

 

 

 

その祖父母やそのまた先祖が培ったものが少しでも自分の中に生きていて、

 

私もそれを後進に伝えていくということが人として生きていくということなのだと思った。

 

 

 

 

それでは。

コメント
短編小説のようです。

庭の教えの底力を感じますね。
子供はその家の文化を意識下奥深くに浸透させながら日々育つわけで、顧みれば… 実にオソロシイ(笑)
  • アンパンマンの母
  • 2018/02/01 10:24 PM
コメントありがとうございます。
仰られる通りだと思います。
土壌を作るのが家庭であり、高校、大学、会社と歩んでいく中で出逢う人たちによって種は蒔かれていくのだと思います。
光がよく当たり、水が合うところに自分の身を置くように努力しないと良き土壌であっても良き種であっても育ちにくいものです。
真っ直ぐ大きく伸びてほしいです。。
  • おおた
  • 2018/02/03 9:32 PM
コメントする








    

calendar

S M T W T F S
    123
45678910
11121314151617
18192021222324
25262728   
<< February 2018 >>

selected entries

categories

archives

recent comment

links

profile

search this site.

others

mobile

qrcode

powered

無料ブログ作成サービス JUGEM