教銘舎の太田です。こんにちは。


ちょっとお知らせ。
本日土曜日、明日日曜日は9時〜22時の開講です。

『どなたもどうかおはいりください。』


それでは本題。
一見当たり前のようで、でも実際には成し難いことがある。


当塾の生徒はそれをサラっと成す。
(勿論全員とは言えないが。)


例えば…


中2の女子が、コートを手に携えて入室してきた。
帰宅する際もコートを手にして教室を出て行く。

もしやと思い尋ねてみると、

意図的に入退出時に外套を手にしているのだ。
傘は水気を払い畳んでおく、靴は端に寄せる。
当たり前のようで、これが出来ている大人は少ないのではないだろうか。


お次は中3男子。
授業中、突然の電話や突然の来客というのがある。
ご存知のように、高岡教室は私しかいないので、
電話中に来客があると直ぐには応対できない。

そんな時、さっと動いて来客の応対をしてくれるのだ。
『先生は今電話中ですので、暫くお待ち下さい。』


いや、本当地味だけど、この応対に何度助けられたことか。


お次の次は中3女子。
授業後、生徒は軽く教室の掃除をしていくのだが、ある時彼女は友達と話していた。
それを見咎め、𠮟った。

その後。。。


自主的に皿洗いやトイレ掃除をしてくれるようになった。
彼女は自分の役割を理解していなかっただけなのだろう。
何をすれば、どうすればいいかが分かれば、人の為に率先して動ける人間なのだ。
零細の当塾にはガスが通っておらず、その為に温水が出ない。
冷たい水で皿を洗うのは辛い仕事だが、嫌な顔ひとつせずに成している。



最後は中3男子。
いつからだろう。
彼がトイレ掃除をするのは。
何も言われなくとも、自分からトイレ掃除をしている。
それも毎日。
一人黙々とトイレを磨く。
最近では私がそれを止めて、他の生徒にトイレ掃除をさせる程だ。
何も言わなければ彼は毎日でもトイレを掃除してくれるだろう。


このように、人が嫌がることや気付かないことを自主的に行える生徒たち。
当たり前のことだけど、中々出来ないこと。

勉強は大事だけれど、こういった+αの長所をどんどん引き出していってあげたいと思う。



それではこの辺で。

 

教銘舎の太田です。こんにちは。


♪で〜こパチパチで〜こぱち、8八はち♪ということで、
Icanはちやま塾の塾長、やまはち先生とランチをしてきました。


こんな紹介の仕方をしてしまって、怒られないかな。

……

大人になって怒られるのは嫌なので、どうか許してください。



はちやま先生ことやまはち先生は、津幡で一番元気が良いと評判の塾長。


先日塾長たちで集まった際に向かいに座られていて、そのご縁でランチをすることに。

お住まいをお聞きすると、私の自宅から徒歩圏内。

これは毎日でも遊べますな★


えっ?

やまはち先生はどんな人って?


そんな、まだ二回しか会っていないのに。。


でも…

やまはち先生は、初見では優しさと穏やかさが際立つけど、
お話しをしていくと、非常に物事を客観的にかつ緻密に捉え、
それを自分なりの方法で解決していく人で、
チキンの皮を被った鷹。(鷹って優しそうでしょ)
相手の瞳に映る自分を見て、襟を正せる人だと。


あ、勝手な感想ですよ。
この感想に関して、なんの責任も持ちません(笑)


ランチをしたホテルの一室では○○を囲む会が行われており、
多分その関係で、異常な混みっぷり。

『なんなら俺等で○○を胴上げでもしてくるかいな。』と悪乗りのおっさん二人。


そんなことも、美味しい食事と生粋の塾人を前にすると途中から気にならなくなって、お互いの塾のことや、教育について意見交換。


食後ははちやま塾へお邪魔して、ちょっとだけ落書き。



それがこれ。

img1

はちやま塾は凄く綺麗な訳でもないし、大きくもなかった(ごめんなさい)

でも細部にはちやま先生の魂が入っている。
この魂こそが、他者を寄せ付けない強さなのだ。


是非またお邪魔したい。


それではこの辺で。

教銘舎の太田です。こんにちは。



今日もテスト前講習。
学校から制服のまま、直接やってくる生徒たち。



夕食をコンビニなどで購入してくる生徒もいれば、
19時で一旦帰宅する生徒も、
夕食時に親御様がお弁当を届けられる場合もあれば、
塾でレトルトのカレーや親子丼を食べることもある。


朝から学校に行って、直接塾に来て、22時迄勉強。
きつくない訳がない。


でも彼等の表情はどこか楽しげ。


純粋に勉強がすきなのか、
『正しい(と言われている)道を歩いている安心感』からなのか、
一生懸命頑張る仲間と共有する(勉強中は殆ど私語はない)時間なのかは分からないが、嫌々来ている生徒はいない。



そもそも○時に来なさいと強制していない。
(契約上決まった曜日や時間はあるが、それ以外の出席に関して)



勉強をしたい生徒が出席できて、勉強したい生徒が勉強できて、
誉めてほしい生徒が誉められ、𠮟られたい(本当に居る)生徒が𠮟られる。


ごく自然で当たり前のことなんだけど、世の中の大人がこれを難しくしすぎている。



本来学ぶことに理由なんていらない。
敢えて言えば、食べること、寝ること、息をすることと同じだ。
学びたいかた学ぶのだ。



だけど現代は学ばなくても生きていけるし、
そこそこの生活は出来るが、より良い生活をするためには、
勉強をした方がその可能性は上がる。


だからみんな勘違いしたんだ。


良い生活をするためにする勉強と、
勉強したことで(副産物的に)手に入った良い生活。


同じようでまるで違う。
そうして勉強をするということが濁ってきた。


塾をしていて、つくづくそのように感じる。


兎に角成績を上げてほしい。
何が何でも○○高校へ入れてほしい。
あれも駄目、これも駄目、勉強しなさい。


今はそれでいいかもしれないけど、念願の○○高校へ行った後はどうするの?


『高校生にもなれば、本人の意思を尊重して。』


はい?


それが無責任だっていうの。


無関心(無責任)と放任主義は違う。



人生は勝ち負けじゃないと、ある親御様に言われた。
それは一理ある。みんなが同じゴールを目指している訳ではないのだから、勝敗はつけられない。


………



でも挑戦しない(意志のない)人生はやっぱり負けだと思う。
高校受験の先、大学受験の先、社会人になってから、
その時々に出てくる壁に挑んでいけるような人に育てるのが私の仕事。


本当に自分の歩む道を迷いながらでも決定できるような人になってほしいのなら、現在の生徒を変えなければならない。
だって未来は今日の延長線上にあるのだから。



今日、自分がしたいことをして、
明日、自分にとって都合のよいことが起こるなんて思わないほうがいい。

もう一度言う。
今日は明日に、明日は明後日に繋がっている。


明日の自分に期待して、今日の自分を(子どもを)甘やかすのは辞めよう。


思うままにつらつらと書いてしまったが、勉強に小難しい理由なんていらない。


勉強したいから勉強する。
誰に言われなくとも、命令されなくとも、生徒がそのように思える塾でありたい。



それではこの辺で。

教銘舎の太田です。こんにちは。


ある生徒が言った。


『毎日が同じようなことの繰り返しでつまらない。』


………


本当は少しだけ違うのだけど、

本当は同じことなんて一つもないのだけれど、

本当は感じることが出来ないだけなのに。


つまらなければ、おかしくすればいいのに。
文句を言っているだけ、行動に移すわけでもなく。


あ、そんな大人も沢山いるね。
なるほど、彼らの体質は子どもの頃から変化していないわけだ。



何かといえば言い訳をして、やれ才能がどうだ、環境がどうだ。
出来ない理由をみつけ、今日も駄目な自分を慰めて、一人きりじゃ不安だから、誰かに聞いてほしくて、認めてほしくて、傷を舐めてほしくて繋がっているんだね。


くだらない。



駄目な自分を受け入れて、変わろうと努力すればいいのに。
多分変わろうと思った瞬間に変わっている。


………


昨日、ある教材会社の営業さんがいらした。


私のノートには15時30分と記してあったが、
彼女は15時だと思っていたらしく、寒い中10分程待たせてしまった。


彼女は私に聞いた。
『人生の成功とはなんですか?・何か理念があって塾を立ち上げたんですか?』



成功や理念について、語ろうと思えばどれだけでも語れた。
でも私はまだ若い彼女にそこまで話しても伝わらないだろうと、
適当な返答でお茶を濁してしまった。

その後も話しをしていく。


少しずつ彼女の内面が見えてきた。


………


後悔した。


真っ直ぐ向き合って話しをするべきだった、
どのような時でも、相手に対して誠実であるべきだった。


彼女が帰ったのは16時過ぎで、
その後も来客があったので謝罪の電話をかけたのは18時近くだった。
恐らく汽車の中だったのだろう。
彼女は電話に出なかった。


明日もう一度電話をかけて、誠意を尽くして謝罪しようと考えている。
(このブログを書いた後、折り返しの連絡があり謝罪することができた。

電話口で彼女はこういった。

『初対面で不躾な質問をしてしまったと反省しておりました』

流石だ。訪問して終わりではなく、私と同じように一人反省会を開いていたのだろう。)


同じ過ちを重ねないように、注意していこう。



誰にだって間違いはある。
時に間違いだって気付けないこともあるし、人から指摘されて気付くこともある。


その時、己の過ちを認め(必要があれば謝罪し)、
改善することが出来るか否かでその人の器が知れる。


私は賢者でも仁者でもないが、
自分が犯した過ちくらいは謝り、償っていける人でありたい。


それではこの辺で。

教銘舎の太田です。こんにちは。


諦めている人間というのは、一見潔いようにも映るが、
実は非常に醜く、嫉妬心に満ちた顔をしている。


その理由は、大抵は諦めた振りをしているだけだからだ。
出来ない自分が悔しく、それでも出来るまで努力する根性がないから
諦めた振りをして自分の中でのバランスを保とうとするのだろう。


私の周りには諦めの悪い大人が多い。


こちらは一見すると未練がましく、格好悪く映る。 (のかもしれない)

実際には、己の目標を心の深淵に落とし込み、
いつも実現することを信じて行動している。

だから彼等の瞳は輝き、言葉も希望に満ちている。
成功するかは誰にも分からないが、誰よりも本人たちが成功すると信じている。


成功者と落伍者の違いは、10歩の努力だと思う。
あと半歩ではないのだ。
成功は厳しい頂にある。
限界まで自分を追い込んだとき、
あと10歩足、精神を前に向かせることが出来るか否か。


逆説的になるが、登山や人生で成功者の話は話半分に聞くべきだと思う。


成してしまった者からすれば、

物凄く厳しく辛い道のりでも
『成功への道』になっているので、過小評価しがちだ。


登山中、山頂から下山してきた先達に

『あとどの位ですか?』

とお聴きして、正しい情報を得られることは稀だ。



だから私は逆の立場になった時に、
敢えて時間や肯定を水増しして (山頂の素晴らしさも)伝える。
その方が実際に相手が山頂に至った時の感動は大きいと考えるからだ。



振り返れば遠くへきたものだ。


そのように感じてもらえるように。。。


それではこの辺で。

教銘舎の太田です。こんにちは。


塾をしている人の、共通の悩み。

それは…


男子のタッション♪禁止だ。

音符をつけると、ちょっとポップな感じになった…?

ならないか。

立ちションですわ。

当塾のような零細塾ですと、男子専用の小便器などない。
(女子専用のお手洗いはあるが)

男女共通のお手洗いを使用する際、口を酸っぱくしてこう言っている。

『お手洗いは座ってね。』


意味が通じない生徒には、もう少し分かりやすく(笑)



それでも偶に便器のフタが全て開いていることがある。
それが何を意味するか。。。


そう。

やっちまったんだ。


タッションはお手洗いが凄く汚れるので、嫌なのだ。
いや、本当に嫌だ。

塾のお手洗いは日に2度掃除している位綺麗好きの私としては許せない蛮行だ。


その時間帯、塾に居た男子生徒に問いかけたが名乗り出る者はなく…


仕方ないな。。


疑わしきは…



罰する!!!!


連帯責任ということで、男子生徒は全員お仕置き。



この問題だけは、ずーーっとイタチごっこを続けている。
同業者の皆さん、何か良い知恵があれば教えて下さい。


もう!
(思い出しても腹が立つ)


それでは!!

教銘舎の太田です。こんにちは。


今年の冬期講習の日程が決まった。
お休みは12月31日と1月1日だけ。


年明けに初詣と合格祈願に行こうと考えているが、
そこまでに『人事を尽くして天命を待つ。』という状態にもっていけるだろうか。


まだまだ志望校へは足りない生徒たち。


テストまでの一週間あまり。
少しでも学習時間の確保をしようと
朝学習を勧めたが色よい返事をくれたのはほんの数名。

一番やらなければいけない生徒が『こない』という。
まあ最後は強権を発動するんだけど(笑)


話があちらこちらにいき、申し訳ない。


それはそうと、今日もテスト前講習。
9時〜22時まで。

この時間帯で一番厳しいのが、14時30分。
昼食後、一度目の休憩(14時)までは何とか保っていた子も、
14時以降はムーミンみたいな目をしている(笑)


当塾のモットーは、誘惑とは戦わせないことなので(中学生に携帯は不必要でしょ)
昨日、今日と14時30分から15時までは休憩にしている。

お昼寝をするのもいいし、
私からお小遣いをせしめてコンビニにお菓子を買いにいくのもいい。

img1

『甘いものが食べたいです…  
でもバ○―のたい焼きではなく、老舗のあの味が…』

なんてことを潤んだ瞳で言えば、
高岡が産んだ名店『宮田のたい焼き』に
生徒全員がありつけることもあるとかないとか。

img3


えっ!?


甘やかしすぎですか。
その分努力していますので。

ちなみに、たい焼き30個を待っている間…


img2
神社にお参り。
二人とも大吉で嬉しそう。


21時の休憩には、フレッシュなリンゴを。
img4



ということで、まとまりの無い記事となりましたが、この辺で。


教銘舎の太田です。こんにちは。


定期テストが近づいてきたので、今日からテスト前講習を開始。


土日は9時〜22時、平日は17時〜22時(要望があれば23時)で
12月3日までの11日間、毎日開講する。


出席は基本的に生徒の意志に任せる。
『出席したほうがいいよ。』とはいうが、無理強いはしない。


最初に取り掛かるのは学校の課題だ。
情けない話だが、殆どの生徒は手付かずの状態。

学力的に学校の課題が難しい生徒は、
もう少し易しい教材から始めて、歯が立つようになってから学校課題を進める。


勉強は時間ではない。
1時間でも集中して成せば大きな学びがあるし、
10時間勉強しても嫌々していれば学びは期待できない。


………

なんていうことを巷で耳にする。
でも…

私の監督下という前提においては、
集中しない、学びが薄いなんてことは考えられない。
それなら(集中しているなら)1時間よりも10時間の方が断然良い。


世の中には『勉強しない・勉強しなくてもいい』言い訳が氾濫している。

センター試験の廃止
学歴社会の崩壊
教師や官僚の不祥事
エトセトラ


挙げだせばキリがないが、多くの人は大事なことを見落としていないだろうか。


それは…


勉強をしたことで幸せになっている人たちのことだ。


分かりやすく言えば、所得と学歴は相関関係にある。

一本の映画を観ても、知識のある人とそうではない人では
感じる量が全く違う。
(食事や旅、何につけても同じことが言えるだろう)

様々な分野の専門家が近くにいて、必要な時に助言を得られる。

自分だけの幸せで終わらず、時に雇用を産み、
時に発明や発見で社会に大きな影響を与える。

自信を持って生きていくことが出来る。


と。

これまた挙げだせばキリがない。


ただ残念なことに、成功例というのは皆人事のように感じているものだ。
自分が努力すればそのステージに立てるにも関わらず。
そして失敗例はいつか自分の元に訪れるものだと思っている。
思考が現実になる。(ナポレオンヒルに啓発された訳ではない)



塾で生徒を観察していると、
成績が伸びていく生徒、伸びない生徒が直ぐ分かる。

顔、態度、所作、姿勢、その全てが成功者と失敗者では大きく異なる。

そういった点を改善していく(思考も含めて)のが、私の仕事だ。



先ずは遅刻、忘れ物から直さないといけないので、大きなことは言えないが(苦笑)



それではこの辺で。

教銘舎の太田です。こんにちは。


昨日のこと、


中2女子数名が17時から出席した。


夕食はどうしたのかと尋ねると、お母さんに作ってもらった生徒も
いれば、自分でおにぎりを作って食べた生徒もいた。


学校が終わり、急いで帰宅し、自分で食事を摂って17時から22時
まで塾に『自分の意思で』通う。


素晴らしい。



それに比べると、中3の幼稚なこと。

数名は18時30分から出席したが、殆どの生徒は19時から。
進路相談会があったことを差し引いても、もう少し早く出席できたのではないだろうか。

理由を尋ねると、


家に帰ってから昼寝していた者。

夕食の準備を待っていた者。

特に理由のない者。



『通塾』というものが、悪い意味で習慣になっている。
いつも19時から出席しているから、今日も19時。
明日も19時、明後日も…


そうして通塾を繰り返し、なんとなく受験勉強をしていれば、
この集団に属していれば何とかなる。


そんな風に感じているのではないかと危惧してしまう。


正直に言うと、現在の中3はかなり出来がいい。

あ、良いんですよ。

成績だけではなく、人間的にも。



それだけに私の方が『もっともっと』と高みを目指してしまい、
彼等に要求するレベルが高くなっているのは事実。


『言われたことをする』のはほぼ出来ている彼等。

次は、


『自分で考えて行動する。』という時期。


最後の最後まで手取り足取りではつまらない。
そういったこともあり、最近では意図的に彼等と距離を置いている。


ちなみに、素晴らしい行動をして中2女子には褒美を用意した。
直ぐに叱り、直ぐに誉め、直ぐに褒美を授ける。
これで行動が是正されない場合は……


それではこの辺で。


img1

教銘舎の太田です。こんにちは。


仕事の中で、引いてはいけない場面というのがある。


それは…


どれだけ生徒数が少なくても、
自分の手に負えない生徒は礼を尽くしてお断りすること。

親御様からどれだけせっつかれようが、
目先の点数を上げることだけに走らないこと。

生徒が退塾することを恐れて、指導の手を緩めること。

生徒が塾内で起こした問題を家庭に押し付けること。

常識の範疇を超えた値引き。




私も人間なので、引きたくなる時がある。
愛想笑いで誤魔化して、言葉で逃げたくなる時がある。


でも、

一歩でも引いてしまえば、二度と戻れない(言い過ぎか)
いや、戻れない気がするのだ。


大事なところで踏ん張れるようにも、生徒募集は必要。(だった)


お陰様で満員御礼と貼り出してからも、
毎日のようにお問い合わせがある。

中には来春の予約をされる方もおられるが、
そのまま電話を切られることもある。


私が心血を注いだこの塾が、
世の中に必要とされていることを実感できた。

全ての生徒を幸せには出来ないけれど、
懐に入った窮鳥位は確り守っていこうと思う。


親御様や生徒諸君、その他関係者の方からすれば、

嫌な奴だと感じられることもあるだろうが、
そういった時こそが『引いてはいけない』ところなのだ。


それではこの辺で。